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  • 日本語を学ぶこと、グローバルシチズンへ道のり 校長・教育部長 Mark Battインタビュー Q. まず、VJLS-JHへようこそ。新しい校長として、また当校の歴史ある日本語教育部の新任部長として歓迎したいと思います。 最初に、ご自身について、少しお話してくれますか? A. 私はイギリス生まれですが、子供時代は主にアジアで過ごしました。マレーシアとシンガポールに住んでいて、アジアの言語に興味を持つようになりました。マレーシア人がマレー語から他の4言語に、いとも簡単に切り替えるのには深い印象を受けましたが、その印象は今でも私になかに刻まれております。  国外に住んだことで、他の文化や言語を、現地人の目線からいろいろと見て経験することができたことが、幸運だったと感じております。学生時代は、ロンドン大学、東洋アフリカ研究学院(SOAS)で中国語と中国古典を専攻し、日本語も学びました。現在まで続く私と日本語との関係はそこから始まりました。 カナダには2001年に移民しました。最初の5年は永住者でしたが、日本政府の国際交流プログラム(JET)で、川崎市教育委員会でお仕事をさせてもらいました。その後、東京で日本企業に勤めました。中国や東アジアとのプロジェクトなどを通して、日本の企業社会について学び、日中交友協会では、日本側を代表する『アンバサダー』を務めました。日本と中国における言語と比較文化に関してその後も学び続け、双方の文化に対する認識や理解は今なお深まりつつあります。カナダでは主に教育管理の管理職に就いてきました。ここ12年間、オタワ政府の新移民を対象とする言語教育プログラムを担当してきました。そこでは、新しく来る人々が、カナダ社会に受け入れられているんだなという気持ちを持てるようにすることと、ここにあるものについて移民の人たちが理解できるようにすることを手助けすることを目標としていましたが、それぞれの人が持ってくる言語や文化がカナダ社会において重要視されることなども大切にしてきました。 Q. どうしてVJLS-JHに興味を持ったのですか? A.まず最初に、この機会は、私と日本語および日本文化とを、もう一度つなげてくれる機会だと思いました。そして、私の経験とスキルをすべて活かすことができ、また日系カナダ人のコミュニティと一緒にお仕事ができる絶好のチャンスでもあり、私にとって無視できるものではありませんでした。VJLS-JHの歴史は、日本とカナダとの綿密な関係の上に成り立っていますが、私自身も、この二つの国のおいて、貴重な経験を積んできたことで現在に至っております。私は、VJLS-JHの歴史と遺産を活用し、ここをバンクーバーだけでなくグローバルなスケールにおいて一流の日本語教育機関にするために、全力で尽くしたいと考えております。 Q. 日本語を学び、多言語を習得することの価値とは何でしょうか? A. 1つはより広く多様な人とコミュニケーションが取れるようになるということです。二カ国語、また多言語を話せる人は、広い視野を持つ傾向が見られ、違った思想や価値観などに対しても許容的で偏見のない態度がとれるのではないでしょうか。それは、他言語を使って多様なネットワークや社会経験に触れることができるからだと思います。それは、キャリアの機会を広げることにもつながり、人生をより豊かにしてくれると思います。 日本語は、習得するのがもっとも難しいと言われる5言語の1つだとされています。言語的に、日本語は重層的な構造を持っており、1つではなく複数のコミュニケーション・システムを統合することで成り立っていますが、それは、どの程度の文化的な深みをもって言葉を使うかを、学び手が選べるということでもあります。年齢に関係なく、平仮名・カタカナを覚えることで、達成感をもって書き言葉を身につけていくことができますね。学習者が、言語能力を深めていき、漢字を一生懸命勉強することで、文化についても学び、歴史や言葉の美しさなどについても嗜みがもてるようになります。日本語を学ぶことは、他の言語を身に付けるベースをつくることにもなり、そうすることで本当のグローバル・シチズンになれるのではないでしょうか。 Q. 我々の世界は、現在のコロナ過やハイテク化によって、いろいろな変化が見られますが、将来において多言語が使えることや多文化であることは、どのような意味を持つのでしょうか? また、どのようにして我々は多言語・多文化を未来に活かせるようにできると思いますか? A. 多言語を使えること、また多文化であることは、マルチタスク、いわゆる同時に複数の作業をこなす能力を養ってくれますが、この能力は現在の高度にデジタル化された世界ではとても大切なものとなっています。多言語に堪能な人は、ある言語を使う時、コミュニケーションの背景にある文化的要素、また言語的要素を常に把握し識別し、かかる言語が表象する世界に相応する部分を優先させてコミュニケーションを取っています。逆に、使っていない言語の世界は表にでない領域に、頭の中で整理しています。多言語を使えるようになり、1つの言語・文化的世界から別の言語・文化的世界へと自在に移動できるようになると、同じ原理を用いて、バーチャルな世界と現実世界との切り替えも自在にできます。このようなスキルを身に付けるには、日本語のような重層的な構造を持ち、言葉と文化背景が融合された言語をしっかりと学ぶことが最適だと思います。 Q. 言語を学ぶことと、コミュニケーションをとる能力は、どのような関係がありますか? その関係は、時代やテクノロジー、道具などによってどう変わっていくのでしょうか? A. 多言語ができるということは、ひとつの社会関係から別のそれへの切り替えがスムースにできるということでもあります。そして我々の世界には多様な社会関係がありますよね。言語の次元ではたらくこの切り替え能力ないし対応能力は、人が、まわりの状況や社会環境の変化に巧みに順応し、対応できることともつながります。多言語を学んでいる人は、変化に上手く順応し、多様なコミュニケーションの道具を活用することで成長し、成功できるのではないでしょうか。私の娘はバイリンガルですが、彼女と私のマレー人の友達とのやり取りを見ていると、驚くことがあります。スマートホンを使ったり、絵やジェスチャーなども使って、上手く社会関係の中に入ってコミュニケーションをとってますから。 Q. 成立以来、当校における教育の歴史は今年114年目を迎えます。 ここでの教育学部について, あなたのビジョンをお話いただけますか? A. この教育部には大きなポテンシャルがあります。特に我々が、このアレクサンダー・ストリートに立つ歴史的な場所を持っているということは、大きな意味があります。VJLS-JHを、優れた日本語教育を提供する機関にしたいですが、それは日本語を学ぶ生徒たちにとってだけでなく、教える側に立つ、先生にとっても言えることです。我々には教育者たちが集い、日本語教育に関する方法や思想などを交換するためのリソース、経験、スキルを持っていますが、先生方が、バンクーバーにおける豊かな日系社会の歴史について学べる機会を与えることもできます。さらに言えば、私のビジョンは、この場所が、日本語や日本文化、また日系カナディアンの文化について興味がある全ての人を迎え入れ、共に学ぶ場所となることです。そうすることで、VJLS-JHコミュニティの、真のグローバル化を実現させたいですね。 Q. グローバルな規模で今までお仕事されて来たと思いますが、あなたにとってグローバルシチズンとはどういうものでしょうか? また、VJLS-JHにとって、この概念は、どのような意味があるのでしょうか?  A. 個人的に、グローバルシチズンであるということは、自分のと違った思想や考え方、価値観や信仰などに対して、オープンであり、それらの違いを肯定的に受けとめる趣だと思っています。我々は、他者に対していろいろな先入観を持っていますが、それらの先入観は自分たちの人生経験に基づいていたり、いつの間にか社会から教わったり癖になったりしてしまいがちです。ですが、心を開いて他の文化や言語とふれあい、それらを受け入れることで、そのような先入観は吹き飛んでしまうことがよくあります。 グローバルシチズンであるということは、他の考え方や行動様式を自分の生活に取り入れるということではなく、そのような文化的な違いがあるということを常に心得、またそれらを大切にするということです。私の経験では、自分の社会以外について学べば学ぶほど、それは実は自分たち自身について学ぶことと直接つながっています。ですから、我々は生徒たちに多様性を肯定する世界観を提示し、他のだれからも学べる心構えを育成することで、生徒たちの、グローバルシチズンとしての成長を支えることができると考えます。私の好きな中国のことわざで、孔子の『三人行 必有私師』というのがあります。大雑把に訳すれば、三人道を歩く人を見かけたとすれば、そのうち一人は必ず私の先生になれるような人だ、ということですが、どの集団においても、私たちの学びの対象となる人が必ずいるということでもあります。

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  • Interview with Mark Batt, Principal-Education Division Manager Welcome Mark to VJLS-JH as the new Principal-Education Division Manager of our historic Japanese language and culture division. Could you tell us about yourself. I was born in the UK, but I spent most of my childhood in Asia, mainly Malaysia and Singapore where I got interested in […]

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  •   Nihonmachi Kotoba Forest Lounge Part of Heart of the City Festival 日本町 ことば フォレスト・ラウンジ  Nov 7, 7 – 8 pm, Japanese Hall As part of the 17th Annual DTES Heart of the City Festival,  Tasai Artist Collective presents an innovative and interdisciplinary film which integrates a shower of Nihonmachi Kotoba (words) in a relaxed live DJ atmosphere. This poetic film experience explores […]

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  • Excerpt from the book,  “We Went to War” by Roy Ito, 1984 “In 1925, the Japanese Canadian veterans formed their own branch of the Royal Canadian Legion, Number 9, and continued the fight (for the franchise).  The struggle was conducted in the midst of rising anti-Japanese feeling because of their high birth rate. . . […]

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  •               – コミュニティ・インパクト委員会 ローラ雑本 寄稿 『バンクーバー朝日野球チームの必勝「ブレイン・ボール」(頭脳ボール)戦略が日系カナダ人建築と関係があるとしたらそれは何でしょうか?』 UBCの夏期学生Irene・Zhangと私が夏の間に行っていたヒストリック・パウエル通りウォーキングツアーで、この問いに対して答えを出すことは、「ハッ」とさせられる瞬間でした。 日本街・ジャパンタウンの建築の歴史や特徴を説明しながら、「日系カナダ人の建築様式とは何か?」 と自問自答していたところ、ピン!と電球が光ったのです。 まず、「ブレインボール」について説明してみます。 1914年に創設されたバンクーバー朝日野球チームは、パウエル・グラウンド(現オッペンハイマー・パーク)でプレーしていた日系カナダ人の野球チームでした。1930年代に太平洋岸北西部選手権で5年連続優勝を果たした。日系カナダ人と白人社会の人種統合の手段として活躍しました。 アジア人である朝日チームの選手たちは、パワフルな打者、つまり「スラッガー」と呼ばれるフィジカルなゲームをする白人選手たちに比べて背が低く、身体的にハンデがありました。 パワフルな打球で打ち負かすことができなかったので、「アウトシンキング」と「アウトラン」という戦略をとっていました。これは、バッティング、スピード、盗塁(スクイズ)戦略を駆使して勝つ方法です。 このスタイルは「ブラウン・ボール」の反語としての「ブレイン・ボール」と呼ばれるようになりました。弱点を強みにして、基本的には頭脳戦で勝負を有利にするというものです。では、日系カナダ人の建築デザインではどのように「ブレイン・ボール」が表現されているのでしょうか? そもそも、日本街・ジャパンタウンは、中華街が一見して中国的とわかるようには建築的にも文化的にも「日本的」ではないです。パウエル通りを走っていくと、戦前は通り沿いに400以上の企業が軒を連ね、8000人の日系カナダ人が住む活気ある市場村であったとはわからないのです。 第二次世界大戦中の処分と抑留は、もちろん文化的アイデンティティの連続性を断ち切りました。そして中を覗けば、はっきりとした特徴的な事が浮かび上がってきます。戦前における少数派「東洋人」人種の不平等が、この件を理解するための鍵となります。1897年から1901年の間に、約15,000人の日本人移民がBC州に定住し、木材、漁業、農業、小企業で働いていました。日本人移民には選挙権がなく、特定の職業に就くことが制限されていました。 経済的な繁栄とパウエルストリートのような活気あるコミュニティの構築に伴い、特に第一次世界大戦後、制度的な人種差別はより攻撃的なものとなりました。カナダ政府は、1920年代後半までに、日本からの移民を年間400人に、その後は150人に制限しました。また、日系カナダ人には漁業免許の割り当てが強制的に行われました。 強力な支配的白人エリートによる環境の中でもコミュニティは成長し、繁栄し続けました。「不平等のままでいなければならない」というプレッシャーは大きく、と同時に、自分たちの文化的アイデンティティを表現したいという欲求も強くなったのです。 では彼らが建築設計においてそれをどのように表現していたのでしょうか。それは、ある特定のパターンに現れているのです。 日系カナダ人は、支配的なアングロサクソンによるエリート的な価値観をよく理解しており、建物の基本的なデザイン全体の中でこれを目指していました。バンクーバーの新しい国定史跡となった築1928年のジャパニーズ・ホール・ヘリテージ・ビルディングが、そのことを示しています。 担当した建築家は、バンクーバーのトップ建築事務所の一つであるシャープ&トンプソン・アーキテクツでした。そこは、UBCポイントグレイキャンパスとバラードストリートブリッジを設計した設計事務所です。シンプルながらも壮大なアールデコ調のデザイン。 ゴア通りとパウエル通りの角にある壮大なレンガ造りの建物、Tamura BuildingはTownsend and Townsend Architectsが設計しました。 パウエル通りにある舞川デパートは、建築家T.L.カーによる見事なアールデコデザインです。 これらの建物のデザインは、当時の主流であったデザインの形に添っているのですが、よく見ると、日系カナダ人の名前が英語で綴られています。 例えば、タイルモザイクのジャパニーズホールの入り口の上には、「JAPANESE HALL」と英字で印刷されています。日本語のレタリングは選ばれていないのです。屋根の上のレプリカパゴダの田村ビルの上には、’TAMURA’の英字で印刷されているのがわかります。 同様に、舞川百貨店の2階にも「T. MAIKAWA」と英語のおしゃれなアールデコフォントのレタリングで印刷されています。これらはすべてオーナーの名前でした。 オーナーシップを公然と表現しながらも、威圧感のない控えめな表現になっており、よく見ないと気づかないことが多いです。 もう一つのパターンは、文化的なシンボルを自由に、そして控えめに使用していることです。 ジャパニーズ・ホールの場合、2階の西側と東側の窓の上の角をよく見ると、仏教のサンスクリット語で平和の象徴がモザイクタイルでデザインされています。日系カナダ人の初期入植者のほとんどが仏教徒だったので、このシンボルを知っているたのでしょう。 中央の窓の両側にはもみじの葉があり、中央の柱にはハナミズキの花や桜の花のようなものが彫られています。もみじの葉は、日本のもみじかカナダのメープルのどちらかで、どちらにしてもカナダと日本の強力なシンボルです。また、ハナミズキの花や桜の花もまた、カナダと日本の強力な文化のシンボルです。 これらを自由に解釈できるようにしておけば、両文化への忠誠心を示すことができるかもしれません。文化的なアイデンティティを表現するために、いろいろな形で表現が試されていることがわかります。 最後に、日系カナダ人の文化的な声は、シンプルさ、倹約性、実用的な機能性を備えた物理的なデザインに統合されていることを述べておきます。確かに多くの建築デザインには壮大さがありますが、それは空間の機能性、線のシンプルさ、そして文化的な表現の静かさ、派手さではなくその静かさによって和らげられています。これらは私にとって、日系カナダ人の建築が持つ「頭脳戦」の戦略を示すものであり、日系カナダ人コミュニティが制約の中でも様々なレベルで繁栄できた所以だと思っています。次回、日本街・ジャパンタウンを訪れた際には、表層下に日系カナダ人建築のブレイン・ボール戦略を見に来て下さい。

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  • By Laura Saimoto, Community Impact Committee What has the famous Asahi Baseball’s team’s winning brand of ‘Brainball’ got to do with Japanese Canadian architecture? The answer to this question was an ‘aha’ moment for our UBC summer student, Irene Zhang, and myself during our Historic Powell Street Walking tours.  As we explained the architectural history […]

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  • Dear VJLS-JH Staff, Students, and Parents, It is my great pleasure to be able to share with you that we have selected Mark Batt as our next Principal – Education Manager to manage our school division. Filling this position has been a priority since starting in March and has followed a long, thorough process to […]

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  • Anna Goddu, Sheker Mammetgurbanova Check out their Visitlist: Uncovering Japanese-Canadian History in BC

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  • 高齢の卒業生とサポーターの方々への晴れやかな夏のご挨拶。パウエル祭の初日に開催する毎年恒例のシニア向け昼食会に代わり、今年は自家製のパン・菓子類をお届けしました。VJLS-JHは、教育への強い熱意とコミットメントで常に我々の意欲を掻き立てるシニアの方々からのサポートに心から感謝しております。

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  • 戦前に栄えていた日系カナダ人コミュニティーの知られざる歴史を始め、逆境を乗り越えた奇跡的な物語、そして今日のレジリエントなダウンタウン・イーストサイドコミュニティーなど知られざる歴史秘話を探訪してみませんか。(物理的対人距離を保つために参加人数は8人まで。)散策ツアーの開催日時は9月17日までの木曜日(11-12:30pm)、土曜日(11-12:30pm、1:30-3pm)で、この時空を超えた旅の集合場所はVJLS Heritage Wing(475 Alexander Street)です。 日時の詳細リストと無料チケットの当たるチャンスを見逃さないためにFacebookのevent pageをチェックして最新情報をキャッチしてください。ご質問またはご懸念がある場合は夏期学生スタッフのIreneまでお寄せください。

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