文:Irene Zhang、史跡散歩ツアーリーダー、UBC夏期生

今年の2月、私はバンクーバー日本人学校及び日系人会館で行われたUBC Community Engaged Learning Reading Week Projectにボランティア参加した20人のUBC学生のうちの一人でしかありませんでした。 私たちの多くがそうであるように、日系カナダ人の抑留について知っていたことは、社会科の教科書に載っていたたった一段落だけの知識でした。この出来事はカナダの歴史の重要な転換点であり、人種差別が繁栄していた地域社会にどのような影響を与えたかについての重要な教訓であったにもかかわらず、日系カナダ人の強制送還と抑留についての教科書の記述はつまらないものでした。歴史の本来もつ複雑さに欠けており、人間が経験した物語をしっかりと捉えてはいませんでした。

現在私は夏期講習生として、コミュニティ・プログラミング・コーディネーターとして、史跡ウォーキングツアーの案内をしています。1928年に建てられた日系人会館の入り口の前で、私はツアーの参加者にこう質問します。「もし48時間以内に自分の家と呼んでいた場所を追い出されるとしたら、75パウンド(34kg相当)のスーツケースに何をいれますか?」この質問をされると私たちは、いきなり1942年にタイムスリップし、強制収容に直面した日系カナダ人の身になって考えることができるようになります。彼らが直面した課題を完全に私が理解することができるとは思えませんが、コミュニティとしての彼らの回復力と誠実さには尊敬の念を禁じえません。

それが収容所で卒業式のドレスを縫うことであっても、日系人会館の建物の所有権を維持するために郵便で総会を開くことであっても、危機と不確実性の時代に、日系カナダ人は自分たちの状況に適応し、強くあり続けました。カナダ政府によって被害を受け、疎外されたにもかかわらず、日系人コミュニティは収容所での経験をうけながし、その後政府のしたことは間違っていると主張して、救済と正義のために戦ったのです。社会の主流な意見に立ち向かい、自分のコミュニティが不当な扱いを受けたと主張するのは、信じられないほどの勇気が必要です。

「歴史を学ばない者は歴史を繰り返す運命にある」という諺のとおり、いま私たちはCOVID-19のせいで、昔と似たような危機感と不確実性を体験しています。今日、私たちはCOVID-19によりその頃の危機感と不確実性を経験しており、ブラック・ライヴス・マター運動を通じて正義のための活動がまた行われていることを目の当たりにしています。歴史は繰り返すこともあるのですから、そこから学ぶことが私たちの義務だと思います。これこそが、私がパウエル通り史跡ウォーキングツアーの参加者に持ち帰ってほしい主な教訓です。日本街の古い建物の背景にある物語を伝えるだけのツアーだとしたら、パウエル街の歴史的な場所をネットで調べればいいのですから。 ですがこのツアーの真の価値は、以下を理解することにあのです:

  • バンクーバーの遺産:8千人のコミュニティを地域から追い出すことの影響
  • -社会問題:組織的な人種差別や差別のもたらす影響
  • 日系人の物語が今日の私たちにとって意味するもの:私たちの特権を認識し、不公平の連鎖を終わらせるために私たちが果たす役割を認識すること。

私はウォーキングツアーを案内するにあたり、多様な参加者に合わせて内容を調整し、メッセージを伝えることに力を入れています。しかし、どのセッションでも変わらず伝えているのはこの質問です。「もし48時間以内に自分の家と呼んでいた場所を追い出されるとしたら、75パウンドのスーツケースに何をいれますか?」家族の家宝からスクーターまで様々な答えが返ってきます。この質問は例外なく、自分にとって何が重要で、何が自分のアイデンティティーを構成しているのかについて考えさせるものになるのです。さらに、ツアーを進めていく中で、パウエル通りに存在していた活気に満ちたコミュニティを、彼ら自身の生活の中にある場所と結びつけて描くことに私は焦点を当てるようにしています。

少なくともこのツアーが終わる頃には、ダウンタウン・イーストサイド近隣地域についての新しく楽しい事実を知ることができるでしょう。そして歴史の教科書では語られていない日系カナダ人の実話や体験を知ることで、現在の社会・政治状況を生き抜くための新たな信念を身につけることができるでしょう。

日系カナダ人は、人生の全てを一つのスーツケースに詰め込むことを余儀なくされました。今こそ、私たちがスーツケースの荷解きをする時です。パウエル街史跡の隠された歴史を紐解くウォーキングツアーにぜひお越しください。